日本酒の今 昔 of sakaya-hayashi-ver2.0

串かつ どて かっちゃん

HOME > コラム > 日本酒の今 昔  

純米酒の歴史

昔は 日本酒と言えば純米だった!!

戦争から生まれた アルコール添加酒

アル添 表示アルコール添加酒 表示  昔(戦前)は、日本酒と言えば純米酒と決まっていた。なぜなら、アル添酒の技術は、戦時中に考えられた方法だからだ。満州に日本軍が進軍したとき、日本酒を本土から送ったが、寒さで日本酒が凍って瓶が割れてしまった。酒が凍らない様にするためには醸造用アルコールを加えアルコール度数を高くして、凍るのを防いだ。ただこれでは辛くて飲めないので、醸造用糖類やグルタミン酸などを加え、味を加工して出荷された。これが現在の普通酒(三倍増酒;この方法だと純米酒1から3倍の普通酒ができるから)のルーツとなっている。
 その後も、戦中・戦後の米不足の時代背景もあって、三倍増酒などのアル添酒(アルコール添加酒の略)が普通に流通し、その後もアル添酒の方が酒メーカーも儲かるし、多少酒の造りが悪くてもアルコール添加をすることにより酒の旨味が引き出され、旨くない純米酒も旨いアル添酒に化けることができたりする。又、重たい口当たりが、アル添によりキレのある酒に生まれ変ったりするので、米あまりの現在でも日本酒と言えばアル添酒が普通なってしまっている。そのため純米酒は、現在でも全日本酒製造量の14%位にしかならないとさえ言われています。

純米酒の復活

純米 表示純米酒の表示 戦後初めて純米酒を復活させたのは、京都の「玉の光酒造」であるとされています。また、戦後初めて製造する酒をすべて純米酒に切り替えたのは、埼玉県蓮田市の「神亀酒造」の小川原氏である。当時、酒造業界では、全量純米(純米 酒しか造らないこと)にするなどとんでもないことだといわれていた時代ですから、「神亀の小川原は気が狂った」と言われたくらいです。
 これだけ純米酒が酒造業界の中で周知されてきた現在でも、平成16年の資料によれば、純米酒の生産量は日本酒の生産量の14%にすひません。ましてや、全量純米蔵ともなれば、神亀酒造(埼玉県)、森喜酒造(三重県)、秋鹿酒造(大阪府)鳥取県(諏訪酒造)、富久錦(兵庫県)、福光屋(石川県)、・・・など十数社。平成18年、全国の酒造場1887件の全体のわずか1%にすぎません。

純米酒に吹く風 大手メーカーも米だけの酒

 しかし、これだけ冷遇されてきた純米酒ですが、風向きが変わりつつあります。灘の大手メーカーでさえ、本物の純米酒ではありませんが、「米だけの酒」などと表示し、純米酒をテレビ宣伝さえする様になって来ました。
 この様な背景には法律の影が見えてきたからです。法律上、清酒の定義は「原材料は米と米麹、水・・・」と書かれているにもかかわらず、大手メーカーの酒には、原材料「米、米麹」の他に「醸造用アルコール」とか一部地酒蔵の中には「米アルコール」とかれています。すなわち醸造用アルコール、米アルコールは添加物ではなく、原材料であると言うことは清酒の定義に反していることではないでしょうか?実際アメリカでは、純米酒は醸造酒であるが、アル添酒は、スピリッツの部に分類され醸造酒の三倍の酒税が課税されています。日本でも法律改正が検討され、酒税法上、アルコール添加した酒を「清酒」、米と米麹、水から造った酒を「日本酒」と分類しようされています。これに伴い大手メーカーも、純米酒を宣伝し始めているのです。

全量純米酒蔵を目指す会

備前 ぐい呑み  これからは、日本酒と言えば純米酒が当たり前の時代がすぐそこまで来ています。だからこそ、本物の純米酒を酒蔵が造り、我々酒販店が消費者の方々に、お酒と共に間違いの無い知識を伝えなければいけません。皆さん日本酒愛好者の方々も、本当の純米酒を飲んで、蔵元にその感想意見を蔵元に直接伝えることによりもっと旨い純米酒を造ってもえる様に応援していきましょう。
 そんな応援団が、神亀酒造を中心とした、「全量純米蔵を目指す会」です。ファンドと言う形で、みなさんのポケットマネーで純米蔵を支えて行こうと言う物です。詳しくは、下記のアドレスを見てみて下さい。
http://www.zenryojunmaikura.jp/

  2005年2月 (2009年4月加筆修正)    酒屋はやし   店主


|1|2|3|4|5|6|7|

cart.gif
カートの中を見る